福岡市自衛隊名簿提供問題住民訴訟の取材記事

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市役所が個人情報を自衛隊に無断提供 岸田大軍拡で増員“必要”

 取材・文 永野厚男・教育ジャーナリス

 岸田文雄政権は、安倍晋三政権以降の質量両面の軍拡を一層進めている。今年一月だけでも、①六日、陸上自衛隊が二〇二一年に北富士駐屯地で、米海兵隊と互いを敵と想定した戦闘訓練を、国内で初めて行なっていたことが判明(双方の戦闘能力向上と連携強化が狙い)、②宇宙領域には国境の概念がないが、日米両政府は十二日(現地時間十一日)の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)で、「人工衛星は国の施政下にある」と位置付け、新たに宇宙空間での攻撃も日米安全保障条約第五条(米国の日本の施政権下での防衛義務を規定)の適用対象に拡大すると合意、③十六日~二十六日、航空自衛隊百里基地のF2戦闘機四機と小松基地のF15戦闘機四機が、インド空軍と国内で初めての共同訓練を行なった――など、自衛隊・米軍等、軍事力に依る国家安全保障の強化が凄まじい。

 政府は一九九六年、米国と物品役務相互提供協定(ACSA=アクサ)を締結。自衛隊と米軍が共同軍事訓練やPKOで、輸送(武器・弾薬・武装兵士を含む)や”物品提供”を、”円滑”に行なえるようにした。米国とのACSAは数回改定し、一五年の集団的自衛権行使の戦争法(安保法)強行制�定後は、重要影響事態・存立危機事態においても適用可能にし、”物品提供”の内容は当初の食料・燃料・油脂・潤滑油等に弾薬を加える(ただし武器は対象外)など、より軍事色を増した。

 政府は近年、このACSA締結をオーストラリア・英国・フランス・カナダ・インドにも拡大し、自衛隊法第百条の八~第百条の十六に明記したので、自衛隊とこれらの国々の軍隊との共同軍事訓練が増えてしまったのだ。日英伊三か国首脳が昨年十二月九日、三五年の配備を目指し次期戦闘機を共同開発するとの声明を発表したのも、同一線上にある。

 政府がこうした自衛隊実戦化を進めるのに必要とするのは、自衛隊員大募集と世論誘導工作だ。今回は紙幅の関係で、前者に絞り報告する。

1 “参戦拒否隊員”の罰則は最大懲役七年

 五四年六月九日公布の自衛隊法第七十六条は、「日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態」等に、「首相は自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる」旨、規定(ただし、国会承認が必要)。

 この防衛出動命令下では、自衛隊は武力行使を行なう。武力行使とは、九二年・PKO法制定時の「刑法第36条の�正当防衛、同法第37条の緊急避難に該当する場合以外は、人に危害を与えてはならない」等、警察官職務執行法の規定を援用した武器使用とは異なる、”敵兵”殺傷を目的とするまさに戦闘行動だ。

 前記一五年の戦争法制定で、政府はこの自衛隊法第七十六条に「集団的自衛権での武力行使」を加えた。

 自衛隊法第百二十二条第一項は、第七十六条の防衛出動命令を受けた自衛隊員が、①同盟罷業など争議行為(ストライキ。第六+四条第二項で禁止)、②「正当な理由がなくて職務の場所を離れ三日を過ぎた等」(平たく言えば逃亡・脱走)、③「上官の職務上の命令に反抗し、又はこれに服従しない」――などの行動をした場合、「七年以下の懲役又は禁鋼に処する」と、非常に重い罰則を明記している。

 第百二十二条第二項は、第一項の①~③等の行為の遂行を「共謀・教唆・煽動・幇助(ほうじょ)した者」も、第一項の刑に処すると規定している。この重い罰則は、「戦地に息子や夫、ボーイフレンドを送りたくない。殺し殺されたくない」といった思想・良心・信教の自由や人間愛等から、父母や配偶者、恋人といった民間人が体を張って引き留めたり、逃亡・脱走を手伝ったりする行為も、対象となる危険性が高い。

 筆者は災害派遣等を除き自衛隊法全体が憲法九条違反だと考えるが、第百二十二条は憲法十九条・二十条にも違反すると言えよう(自らは前線に行かない首相や政府高官ら権力者にとっては、「国家体制や”同盟国・米国”を守るための戦争だから、日本国家の従軍命令に従わない者や”敵前逃亡”者は、非国民」ということだろう。だが「隊員は殺し殺される」しかない防衛出動命令は、道徳教育の生命尊重教育に反する。岸田首相は元文科副大臣だ)。

2 隊員募集の“根拠”は旧地方自治法の遺物

 区・市役所等が広報紙に自衛隊員募集案内を載せたり、庁舎内外の掲示板等に自衛隊員募集ポスターを貼らせたりする”法的根拠”を、政府や区・市役所の役人らは、地方自治法第二条第九項に「国が本来果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの」と規定する”法定受託事務”だからだ、と主張する。

 しかし”法定受託事務”は、「国が上位で地方公共団体は下部機関という、指揮監督関係ではないか」「国が権力的に関与してくる」等、批判する人が多かった旧”機関委任事務”の四割を、二〇〇〇年四月の地方自治法改”正”で残存させてしまったものだ。

 こうした中、福岡市役所市民局総務部区政推進課(以下、福岡市当局)は昨年度、「市内に住民票のある”自衛隊の募集対象年齢”だという十八歳と二十二歳の計二万九四五一人を、電子化した住民基本台帳から一括抽出したもの」から、情報提供拒否者九七人を除いた二万九三五四人分もの個人情報(住所・氏名を明記)のコピー(A4判の紙で約六百枚)を、来庁した自衛隊の募集担当者にポーンと手渡してしまった。こういう福岡市当局に対し、市民十五人と独立系の労働組合一団体が住民訴訟を起こしており、判決は三月八日十四時、福岡地裁一〇一法廷で出される。

 ちなみに電子化システムへの移行前、一九年度までは「自衛隊員が弁当持ちで何日か各区役所に行き、職員の目の届く机で住民基�本台帳を閲覧し、氏名や住所などの情報を手書きで写していた」のに比し、大量の個人情報を手渡しで受け取り、楽になった自衛隊側が、浮いた時間で学校訪問(進路指導担当教員に接触)したり、ネットでの広報を一層進めたりしないか、要警戒だ。

3 「希望する人」だけ自衛隊に情報提供すべき

 福岡市当局は昨春、ホームページに”自衛隊の募集対象年齢”者で、「自衛隊への個人情報提供を希望されない方については、令和4年4月1日~5月31日にご本人又は保護者様等から除外申請の手続き(注、除外申請書と本人確認書類を郵送。本人からの申請は、インターネット可)をして頂くことにより、自衛隊へ提供する名簿から除外いたします」という旨、記載した。しかしこれは個人情報保護等の人権に、配慮しているふりをしているだけだ。

 福岡市当局はHPで「自衛隊は、地方公共団体と協力して、被災地支援などの公益性の高い、重要な任務を担っており」「本件が、法令等に抵触する情報提供ではない」と、一面的な主張をし、開き直っている。

だが、前述した「集団的自衛権での武力行使」を含む、殺し殺される戦地に若者を駆り出し、逃げたり拒否したら最大懲役七年という、他の職種とは異質な軍事組織(【注】参照)ゆえ、福岡市当局は、募集の個人情報は「提供せず」を大原則とし、「希望する人」だけ申請させ、その人の個人情報だけを自衛隊に提供する――こういう真に個人情報保護等、人権に配慮した市政に、福岡市当局は方針転換すべきだ。

 本人や家族・知人が対象年齢の読者には、居住自治体の方針を確認し、個人情報提供拒否の意思表示を勧める。

 以上のように原稿をまとめたところで、二一年三月八日の福岡市議会定例会会議録で荒木龍昇(りゅうしょう)議員(緑の党と市民ネットワークの会)が、筆者の考えと似た追及をすでに行なっていたことを見付けたので、二点紹介する。

1 荒木議員が「ボスター・HP・市政だよりは(自分の個人情報を自衛隊に提供する)希望者を募るものにし、希望者だけの分を渡すようにすべきと考える」と質した。しかし下川祥二市民局長は、「個人情報保護審議会で、自衛官等の募集事務に利用することを目的として名簿を提供することは、公益上の必要が認められるとの答申を受けたことから、本人の同意は必要ないが、答申の附帯意見を踏まえ、除外措置について、市政だより・HP等で周知を図っていく」と答弁。「希望しない人は申請する除外措置をとったから、文句ないだろう」と言わんばかりの、恩着せがましい主張だ。

2 荒木議員が「一五年の戦争法強行採決で、自衛隊が米軍と一体となって海外で戦闘行為できるようになり、自衛隊は大きく変容した。このような状況において(略)自衛隊員募集に公益性があるのか、また、海外で戦闘をすることに公益性があるのか」と追及。これに対し下川局長は、「自衛隊の海外での活動は、外交や安全保障に関する国の専管事項。市としてお答えする立場にない(略)」と、内容に踏み込まない答弁に留まった。

【注】筆者は福岡市当局や東京都下の三市の担当者に電話や対面で取材した際、「自衛隊法の罰則を知っているか。あなた方が三日以上、無断で�私事欠勤しても懲戒処分にはなるけれど、懲役刑にはならないでしょう」と問うと、いずれも「知りませんでした」と驚いた口調で答えた。彼らは”上”から下りてくる政策を淡々と実行するだけで、勉強不足だ。

 なお都下三市の担当者は、「(福岡市の一九年度までの方式に似た)来庁した自衛隊員にPC上の住民基本台帳を閲覧させ鉛筆で書き写させている」と述べたので、「募集の個人情報は希望する人だけ申請させ、その人たちの分だけをPC上で自衛隊に閲覧させ、書き写させるよう改善するべき」と求めたが、担当者は「ご意見としてお聞きします」と答えるに留まった。

筆者プロフィール

永野厚男(ながのあつお)

 文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。